
宇宙保険(スペースインシュアランス)とは|衛星・ロケットの損害をどう補償するか
2026-09-04 ・ ビジネス
数百億円をかけて開発した衛星も、打ち上げの瞬間にロケットが爆発すれば一瞬で失われます。そのリスクを引き受けているのが「宇宙保険(スペースインシュアランス)」です。衛星の打ち上げが年々増えるなか、宇宙保険の市場も拡大していますが、同時に衝突リスクの高まりという新しい課題にも直面しています。この記事では、宇宙保険の仕組みと日本国内の実例、そして市場が抱える課題を整理します。
この記事で分かること
- 宇宙保険は、ロケットの打ち上げ失敗や衛星の故障による損害、および第三者への損害賠償を補償する保険の総称
- 日本ではispaceが月着陸失敗時に『月保険』で約37億円を受領した実例があり、損保ジャパンは衛星の再打上げ費用を補償する『リフライト保証』を提供している
- 世界の宇宙保険市場は2025年に約4,060億円規模とされ、2030年には約6,230億円規模まで拡大すると見込まれている(調査会社により推計値には幅がある)
- 衛星数の急増でスターリンクは2025年だけで約30万回の衝突回避マニューバを実施しており、軌道上の衝突リスクが保険業界にとって新たな課題になっている
対象読者:宇宙ビジネスの資金調達・リスク管理に関心のある方
執筆:ゆるふわ宇宙編集部 最終更新日:2026年9月4日
宇宙保険とは:何を補償するのか
宇宙保険(スペースインシュアランス)(うちゅうほけん)
人工衛星やロケットなど、宇宙関連の資産に生じる損害や、それに伴う第三者への損害賠償を補償する保険の総称です。開発中の衛星本体、打ち上げの成否、軌道上での運用という、性質の異なる複数のフェーズをカバーするため、フェーズごとに保険が分かれているのが特徴です。
宇宙開発は1回のミッションに数十億円〜数百億円規模の投資が必要になる一方、ロケットの打ち上げ失敗や衛星の不具合は今でも珍しくありません。宇宙保険は、こうした巨額投資が失われるリスクをヘッジし、事業者が挑戦を続けられるようにする金融インフラとしての役割を担っています。
宇宙保険がカバーするフェーズ
製造保険
衛星・探査機の開発・組み立て・試験、輸送中の損害を補償する
打上げ前保険
発射台での待機中に生じる火災や事故などの損害を補償する
打上げ保険
リフトオフから軌道投入までの、ミッション全体を失うリスクが最も高い期間を補償する
軌道上(寿命)保険
運用開始後、1〜15年程度にわたり発生する故障・機能不全を補償する
第三者賠償責任保険
打ち上げ失敗や落下物などで第三者に生じた損害への賠償を補償する
日本国内の実例:月保険とリフライト保証
日本の損害保険会社は、宇宙ベンチャーと組んだユニークな保険商品の開発で先行しています。
月保険(つきほけん)
三井住友海上火災保険が、月面探査企業ispaceと共同開発した世界初の保険商品です。ロケットの打ち上げから月への航行、月面着陸までを切れ目なく補償する設計になっています。
ispaceは2022年12月に打ち上げた月着陸船「HAKUTO-R ミッション1」について、この月保険を契約していました。着陸船は月周辺で約4カ月間運用されたものの、2023年4月の月面着陸には至らず、通信が途絶する結果となりました。この損害に対し、ispaceは2023年8月に保険金として約37億円を三井住友海上から受領しています1。ミッションとしては目標を達成できなかった一方、保険によって次の挑戦への財務的な打撃を大きく緩和できた事例だといえます。
一方、損保ジャパンはSpace BDと提携し、人工衛星の打ち上げが失敗した際に再打上げの機会と費用を保険で支える「リフライト保証制度」を2022年から提供しています。軌道上実証や国際宇宙ステーション(ISS)利用を目指す衛星開発者などが対象で、将来的には月への輸送にも対象を広げる構想が示されています2。
関連記事もあわせて
ispaceを含む日本の宇宙開発の全体像は日本の宇宙開発、宇宙ビジネス全般の広がりは宇宙ビジネスの全体像の記事で扱っています。
市場規模:拡大するが、推計にはばらつきも
世界の宇宙保険市場は、商業打ち上げの増加を背景に拡大が続いています。ただし、調査会社によって定義や算出方法が異なるため、推計値にはかなりの幅がある点には注意が必要です。
約6,000億円
2026年前半時点で報じられている世界の宇宙保険市場規模の目安
年率9%前後
複数の調査会社が見込む市場の年平均成長率(CAGR)
約31%
世界の宇宙保険市場に占めるヨーロッパのシェア(ロイズ・オブ・ロンドンが中核)
259回
2024年の世界の打ち上げ回数(うち商業打ち上げ224回)
保険業界誌Insurance Business誌は2026年6月、世界の宇宙保険市場を「2025年に約40.6億ドル(約4,060億円)、2026年に約44.3億ドルへ、2030年には約62.3億ドル(約6,230億円)に達する」と報じています3。一方、別の調査会社は2026年時点の市場規模を約8.9億ドルとするなど、推計の前提(対象とする保険の範囲など)によって数字は大きく異なります4。数字そのものよりも「年率1割前後で拡大が続く市場」という傾向として捉えるのが実情に近いでしょう。
保険引受の中心地はロンドンで、ロイズ・オブ・ロンドンに集まる複数の保険引受組合(シンジケート)が、大型静止衛星から小型衛星群まで幅広いリスクを引き受けています。BeazleyやHiscoxといったロンドン拠点の保険会社が主要プレイヤーです3。
新しい課題:衝突リスクの急速な高まり
宇宙保険市場が直面している最大の構造変化が、衛星数の爆発的な増加による衝突リスクです。
1,000機未満→1.5万機超
2000年代初頭と現在の、地球周回中の衛星数(稼働・非稼働含む)の変化
約30万回
スターリンク衛星が2025年に実施した衝突回避マニューバの回数(SpaceXがFCCに報告)
164日→5.5日
衝突回避を止めた場合に連鎖衝突が始まるまでの猶予『CRASH Clock』の、2018年と2025年の比較
約10万機
専門家が試算する低軌道(LEO)の衛星収容能力の上限の目安
ケスラーシンドローム(Kessler Syndrome)(けすらーしんどろーむ)
低軌道上の物体の密度が高くなりすぎると、1回の衝突で生じたデブリが次の衝突を連鎖的に引き起こし、その軌道帯そのものが使用困難になるという仮説です。かつては遠い将来のリスクとされてきましたが、衛星数の急増によって「近い将来の運用上の懸念」として扱われるようになっています。デブリ問題全般については宇宙ゴミ(スペースデブリ)の記事で詳しく解説しています。
このリスクの高まりに対応するため、保険会社はメガコンステレーション向けに新しいタイプの保険を開発しています。従来のように個別の損害額を査定するのではなく、あらかじめ定めた事故(軌道投入失敗や一定数の衛星喪失など)が起きた時点で、査定を待たずに決まった保険金を支払う「パラメトリック保険」です。数千機規模の衛星群を運用する事業者にとって、個別査定の手間を省きコストを見通しやすくするメリットがあります6。メガコンステレーションの運用実態はメガコンステレーションの記事でも取り上げています。
まとめ
- 宇宙保険は、製造・打上げ前・打上げ・軌道上・第三者賠償責任という複数フェーズに分かれ、それぞれ異なるリスクを補償する
- 日本ではispaceの『月保険』(月面着陸失敗時に約37億円受領)や、損保ジャパンの『リフライト保証』など、独自の保険商品開発が進んでいる
- 世界の宇宙保険市場は年率9%前後で拡大しているとみられるが、調査会社によって規模の推計には大きな幅がある
- 衛星数の急増でスターリンクは2025年に約30万回の衝突回避を実施するなど、軌道上の衝突リスクが保険業界にとって新たな課題になっている
- メガコンステレーション向けには、事故発生時に定額を支払う『パラメトリック保険』という新しい保険の形も広がりつつある
もう少し詳しく(背景)
宇宙保険市場は、商業打ち上げの急増という追い風と、衝突リスクの高まりという逆風を同時に受けている、やや特殊な局面にあります。再使用ロケットの実用化で打ち上げコストが下がり、頻度が上がったことは、保険会社にとって契約件数の増加という恩恵をもたらす一方、競争激化による保険料の下落圧力にもなっています5。利益率が薄くなるなかで、より巨大で複雑なリスク(メガコンステレーションの連鎖衝突など)を引き受けなければならないという、保険会社にとって難しいバランスが求められています。
こうした状況は、宇宙ビジネス全体の成長スピードと、それを支えるルール・インフラの整備が追いついていないことの一例でもあります。2026年時点の宇宙経済の全体像は2026年の宇宙経済、宇宙ビジネスの収益モデル全般は宇宙ビジネスの全体像の記事でも取り上げていますので、あわせてご覧ください。
参考資料・出典
- The $6 billion space insurance market faces its biggest stress test yetInsurance Business|市場規模、衝突回避マニューバ、CRASH Clockなどのデータ
- ispace、「月保険」で37億円受領 月面着陸できず補償日本経済新聞|ispaceの月保険受領に関する報道
- 損保ジャパンとSpace BD 宇宙産業の発展を目的とした包括協力協定を締結Space BD公式|リフライト保証制度の概要
- Space Insurance Market Size, Industry Share By 2035Business Research Insights|別推計による市場規模データ(比較用)
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執筆:ゆるふわ宇宙編集部 最終更新日:2026年9月4日
Footnotes
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ispaceは月着陸船「HAKUTO-R ミッション1」が2023年4月に月面着陸できなかったことを受け、三井住友海上火災保険と契約していた『月保険』に基づき、2023年8月18日に保険金約37億円を受領したと発表している。 ↩
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損保ジャパンとSpace BDは2022年8月、衛星等の打ち上げ失敗時に再打上げの機会と費用を保険で支える『リフライト保証制度』の提供開始を発表した。対象は軌道上実証やISS利用を目指す事業者などで、将来的には月輸送への対象拡大も構想されている。 ↩
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Insurance Business誌(2026年6月)の報道による。世界の宇宙保険市場は2025年に約40.6億ドル、2026年に約44.3億ドル、2030年には約62.3億ドルに達すると推計されている。欧州のシェアは約31%、ロイズ・オブ・ロンドンが中核的な引受市場とされる。 ↩ ↩2
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別の市場調査会社(Business Research Insights)は、世界の宇宙保険市場規模を2026年時点で約8.9億ドル、2035年に約19.7億ドル(年率9%)と推計しており、対象範囲の定義の違いにより数字が大きく異なる。 ↩
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Insurance Business誌の報道では、衛星数が2000年代初頭の1,000機未満から現在は1.5万機超に増加し、スターリンクは2025年に約30万回の衝突回避マニューバを実施したと報じられている。また『CRASH Clock』という指標では、衝突回避を止めた場合に連鎖衝突が始まるまでの猶予が2018年の164日から2025年には5.5日まで短縮したとする研究結果も紹介されている。 ↩ ↩2
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メガコンステレーション向けのパラメトリック保険は、SpaceXやAmazonのような数千機規模の衛星群運用事業者向けに、個別の損害査定を経ずに、あらかじめ定めた事故発生時に定額の保険金を支払う設計の保険商品として2023年頃から市場で拡大している。 ↩